2020年代のバックパッカーのカリスマについて考えてみた話
2020年5月16日(土)
今日の東京は朝から雨。なかなかの本降りで、一足早く、1日だけ梅雨が来てしまったような感じです。
本ブログは「行政書士のブログ」ではあるのですが、長引く緊急事態宣言の中、新米である僕はStay Homeを続けるしかなく、しばらくは個人的な話題がこのブログの中心となりそうです。
さて、今日はバックパッカーのお話。学生や20代の方が世界中をリュックで放浪する旅のスタイルは、今も昔も脈々と続いているわけで、このコロナ渦に巻き込まれて、日本に帰国できなくて海外で足止めを食らっている方もたくさんいるようです。
かくゆう僕も旅は大好きで、香港、韓国、台湾、ベトナム、タイ、シンガポール、インドネシア、インド、バングラデシュ、ネパール、ドイツ、オランダ、イギリス、アメリカ、ジャマイカ、キューバ、コスタリカ、ボリビア、ペルー、ケニアと回った国は20か国。このうちベトナムとジャマイカは仕事でしばらく住んでいました。
僕が最初にバックパッカー的な興味を持ったのは97年頃、高校生だった時に写真家の小林紀晴氏が書いた「アジアン・ジャパニーズ1」を読んだ時。写真家として組織に属していた著者が、入社してすぐに退職して放浪の旅に出る。著者は旅していた当時、91年頃の日本はバブル熱に浮かされてみんなお金持って遊んでいたが、これまで日本で出会えなかったタイプの日本人とアジア各国で出会う、という話。
この「アジアン・ジャパニーズ」を読んでから、バックパッカーのバイブル本「深夜特急」にハマり(当時確か、大沢たかおと松島菜々子でTVドラマもやってました)、「深夜特急」の旅のスタート地点である香港に、若い頃の衝動でとりあえず行ってみたのでした。
それ以外にも小田実氏の「何でもみてやろう」、辺見庸氏の「もの食う人々」なんかも10代の頃に読んで、アジアに興味持ったように思います。
90年代から2000年代初頭にかけて、僕が若かった頃はアジア中に日本人、外国人問わずバックパッカーが溢れていました。アジアにいるバックパッカーに当時カリスマ的人気を誇った高橋歩氏の本なんかもまわりに勧められたけれど、これだけは、すごく説教くさく感じてしまい、受け付けられなかったのも覚えています。(当時薦めてくれた友人たち、ごめんなさい)
さて、その頃から早20年。アジア中の経済が激変し、バンコクでは屋台も撤去されつつあり、昔の面影を失いつつあるけれど(たぶん70年代に旅していた先人バックパッカーたちもが僕らが若いころ同じこといってたと思われるけど)、今でもインスタやyoutubeで20代のバックパッカーはたくさん見かけるわけで、今もバックパッカーのカリスマみたいな人って存在するのかな、とふと思ってみたわけです。
もちろん、今の若い方も深夜特急とか読むだろうけれど、youtubeやインスタで楽しそうな映像や写真上げている世代的にも近いインフルエンサー的な人のほうが影響力強いのかなあと。
でもよくよく考えてみると、youtubeやインスタ、そしてインターネットも含めて事前にいろいろ分かっちゃったら面白くも、なんともない。帰国してから、やれインドはどうだったとか、ネパールはどうだったとか、訳知り顔でまわりに話できるのが若者の特権だと思うけど、ネットでググればわかるのであれば、話聞いてる友人も「それ知ってる」ってなるだろうしね。
昔みたいに、やれあの国はどうだ、とか、この国はどうだ、って旅をした事実だけで話しても、まわりは持ち上げてくれにくいだろうし、自粛警察じゃないけれど、ハチャメチャなことをyoutubeやSNSに上げても叩かれるから、昔と違い旅のカリスマは出現しにくい時代なんだと思います。
いい意味で意識の高い大学生たちの間で「開発途上国にある日系スタートアップ企業で無給インターン」の人気が高いという話も聞いたけれど、開発途上国でのインターン経験のほうが、より特別な体験だし、ネットではググりにくい。誰も体験していない、新しい刺激を求めている若い子たちからすると、ただの旅じゃなくて、短い期間だけでも「海外で就業」した方が知的好奇心は満たされるだろうなあ、と思う。
バックパッカー志向の若者や学生を集めた途上国スタートアップ企業のカリスマ社長みたいな人は、僕が知らないだけで絶対に存在しているはず。
こうしてブログ書いているだけで、僕も旅行に行きたくなる、、、はやく世界の情勢が落ち着き、コンタクト・フリーな世界に戻りますように。