ビザとボク その5 ~ベトナムとタイとインドネシア~

2020年5月8日(金)

だいぶ時間があいてしまいましたが、前回、ビザとボク その4 ~ホーチミンでベトナム支社の立ち上げに関わった頃の話~の続きから。

ベトナム・ホーチミンで会社の立ち上げをし、小さいながらも子会社社長として充実した日々を過ごしていました。

マネージャーとしてだけではなくプレイヤーとして、僕の担当エリアだったタイではチュラロンコン大学やカセサート大学、タマサート大学。インドネシアでは、ジャカルタのインドネシア大学、ビヌス大学、バンドンにあるバンドン工科大学、ジョグジャカルタにあるガジャマダ大学など、各国のTOP大学を飛び回り、びっくりするようなぐらい優秀な学生たちに出会い、彼らの日本就職の支援をすることに強いやりがいとともに、見知らぬアジアの都市を回ることで自分自身の知的好奇心も刺激されてただただ面白い日々でした。

それでも好事魔多し、とはこのことで、オーバーワークや睡眠不足がたたったのか、知らない間に身体がちょっとずつ蝕まれていたようで、夜になると胃が痛くなり数時間吐き続けるという現象が数か月続くようになっていました。会社やお客様にも迷惑をかけれないので、無理して働きながらも、日本とベトナムの病院を合計3か所回ったのですが、原因はどこの病院でも分からずに気休め程度の胃薬をもらうだけで、解決には至らず。

そんなある日ついに倒れて動けなくなり、急遽飛行機を取り、日本の病院に緊急入院することに。そこでわかったのが、胃の近くになる胆嚢の袋に2㎝ぐらいの石が6個ぐらいできていて、それが胆液を止めてしまっていてひどい炎症を起こしている、ということ。病名は菌血種で敗血症の一歩手前というなかなかの重症。若い人はなかなかなる病気じゃないらしく、それでどこの病院でも原因不明と言われたんじゃないか、という事で、急遽石を取る手術と、2か月程度の入院と経過観察。

生まれて初めての手術と入院。これまで大病しなかった分、自分の体力を過信しすぎた、と改めて後悔。ASEANのダイナミックな人材事業に携わり、仕事自体は面白かったものの、身体を壊してまでやるものじゃないなと改めて思うに至り、いろいろ悩みながらも職場を変えてみようと約5年お世話になった会社を退職することに。

僕が病院のベッドで寝ている間も頑張って会社を回してくれた若いベトナム人スタッフも泣いてくれて、東京のメンバーも慰留してくれて本当ありがたい限りだったのですが、心のギアを上げる事ができなそうだし、トップギアに入れないのであれば、責任をもってベトナム拠点を引っ張れない旨を正直に伝え、卒業する形になりました。

この会社で働く事で得たものはたくさんあるのですが、人との出会いには本当に恵まれていましたし、当時一緒に働いていた仲間や上司も今も飲みに行ったりします。身体は一時的に壊しましたが、それを補うどころか、今思い返すと有り余る楽しいことばかりのベトナム生活でした。

写真はインドネシアのジョグジャカルタに行ったとき、ガジャマダ大学の学生たちとカラオケに行ったときのものです。

インドネシア

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